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今朝、
昨日ばぁちゃんが言うた通りに鐘をついてみた。

やはりうまいしこうにいかんかった(-公-、)
鐘が前後に揺れるのを見よったら
何かいついたか分からんようになるし
気にしよったら力が入らん(-公-、)

たかが10回の鐘つき・・・
か、かなりむずい=( =`д´= ;)⇒

さすがばぁちゃん
60年のキャリアがものをいう。=( =`д´= ;)⇒プ、プロィゎ
わしは坊守歴30年じゃが、
ここにきて最大の難関かもしれんゎ=( =`д´= ;)⇒
がんばろ^^v
めざせ「ばぁちゃん」じゃ^m^


で、
先日の世羅幼稚園の皆さん方の訪問並びに
阿弥陀ちゃんお絵かき大会のひとこま


音楽法要じゃけん、献灯献花献香もするんよ^^
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お供えした後はちゃんと合掌礼拝もするんよ、凄いじゃろ^^
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みんな大きなお声で歌えます。
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みんなあんましにも大きな声でしかも上手に歌えるけ、ばぁやんは、びっくりしたゎ。
感激のあまり思わず泣いてしもうたやんけ(ノДT)サメザメ
お絵かきの前に、じっくり阿弥陀ちゃんのお姿を見せてもらいます^^
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この日の本堂はさBかったゎ。もうストーブ出しとんでぇ^m^
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こげにみんなよう見て上手に描けとるよ
うん、ええ味出しとるゎ^^
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これから絵具で色を塗るんじゃと。
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へぇでから、展示会してみんなに見てもらうんじゃと。
ばぁやんも楽しみに見に行かしてもらうけんの^^v

世羅幼稚園の園長先生は、
京都の本願寺の宗門の某幼稚園の園長先生じゃったのを
世羅幼稚園の経営者の方が惚れ込み
頼み込まれ
単身でこちらに来られている。

音楽法要と言い、お念珠の持ち方、合掌礼拝と言い、お焼香の仕方と言い、

素晴らしかった。
Kが短いお話をしたのだが、
全員がしっかりと聞く姿勢もできておった。
うちの仏婦よりもできるんじゃねぇだろか…=( =`д´= ;)⇒

あ、いや、ごめん、うちの仏婦さま(^^ゞ

幼い子どもたちにここまで教え込むのは
並大抵のことではなかろうと思うた。

園長先生、ご苦労さまでした<(_ _)>
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ばぁちゃんがこけて
殆ど寝たきり状態になったのが10月2日。
以来
ばぁちゃんの日課としていた
朝と夕の5時半の鐘つきは
わしとでぶでやっとる。
でぶは朝が苦手なので必然的にわしが朝担当になる。
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鐘をつきだして3週間が過ぎ早いもので
もうじきひと月がやってくるが
丁度先週の日曜日
地域の友達のひとみさんが
「最近、おばぁさん、具合でも悪いん?」
えっ?!=( =`д´= ;)⇒
な、なんで分かるんじゃろか、ひとみさんっ!!
と、思いながら
「どぉしたんね( ̄-  ̄ )」
と、しらじらしくも問うと、
「朝夕の鐘、誰がつきよってん?おばぁさんじゃないじゃろ?」
ば、ばれたかっ=( =`д´= ;)⇒

「え、わ、わし…」小声できょどりながら言うと
「ほうじゃろぅ、思うたゎ」
「おばぁさんは、もぅちとゆっくりじゃったよね。『ごぉ~~ん』いうてから
次のぶにをつくまで、だぁぃぶ間があったよね。今頃のは、ごぉ~んいうたら、
はぁ次のぶにが鳴るけ、
こりゃ、おばぁさんじゃないじゃろぅのぅ思いよったところよね」
がびぃ~~~ん( ̄▽ ̄)

へぇでから、昨日もまた、
「最近、鐘は誰がつきよってん?」
「(来たっ!!(;´д` ))
 わ、わしです」
「やっぱりじゃっ!!
ちるさんっ!早すぎるよっ(ノ`A´)ノ ⌒┫、
おばぁさんのはもっとゆっくりじゃった。
もっと余韻を聞かせるようにつかんといけんよっ!!」
いつもわしに色々なことを教えてくださる地域の大先輩、俊子さんが言うてくれた。

でぶやらかなちゃんにそのことを言うと、でぶが知ったらしげに
「しゃんとつかにゃ余韻もくそもなぁゎぃや。ちるのは音がこまいんじゃ。」
ほぅなんかのぅ…(-公-、)ヘコムゎィ

で、夕方の鐘の時刻になりでぶがついた。

つき終わるか電話が早いか言うぐらいのタイミングで
電話が鳴った。俊子さんじゃった。

「今なぁえかった!ええ音色じゃった!
ちるさん、早うにわしの言うことをよぅ聞いてくれたねぇ^^」

が、がくっ!
「今のは、でぶにぃなんですけど」
「あ、ほぅね、わたしゃまた、感どりがええのぅ・・・
と思いこんどったゎ、ごめんごめん<(_ _)>
おばぁさんのはね、何ともしれんええ音色じゃったんよ。」
と、何やらかんやらと雑談をした後
「もっと、つきかたの勉強しますけんね」と言いながら電話を切ったが
泣けていけんかった。

みんなちる寺のことを心配して見てくれよるんじゃのぅ…
それと、
ばぁちゃん、この鐘つき、60年も続けとんよのぅ…と、
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   この写真は、2009年、まだまだ元気なごろに撮ったものです

有難たすぎてからに。
ばぁちゃん!早ぅ、歩けるようになってくれよのぅ
(;´人` )
みんな、待ちよるで!!

ばぁちゃんにこのことを言うと、
「みんな聞きよるんじゃのぅ。ほぃで、でぶにぃが、
ようそげにつくようになってからに、鐘とも言よらんかったのに」
「やっぱ、寺史を書いてから
『あの鐘を伝えて行かにゃならん』思うたんじゃないん。」
と、ひそひそと耳打ちすると、秘伝を教えてくれた。

「うちがつく時はのぅ、ついた時鐘が前後に揺れようが。
へぇで鐘がこっちに来るごろを見計かろぅて一気につくんよね。
ほいたら、えっと力入れんでも大きな音が出るでぇ^^♪」
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いししっ!ええこと聞いたっとぉ^m^
わくわくしてきた❤
明日の朝、、がんばろ^^b
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去る10月18日(木)は、わしん寺の男子会法座じゃった。
わしが嫁に来た30年前ごろは、
わしん寺に来たご講師さんらぁは、いっつも言うてくださりよった。
「この寺は、男子がよぉけ参ってじゃのぅ。。」と。

が、すかす・・・
わしの顔を見とぅないのか
でぶの顔を見とぅないのか
ここんとこ
男子のお参りが激減。
ほんの数えるぐらいしか参らんようになった(-公-、)

・・・・

と、いうことで、
昨年から10月は、男子会法座という法座を設けた。
昨年のご講師さんのトップバッターは、
福間義朝師。
この10年ぐらい師はどえらい先生になってしもうて
わしん寺なぞ来てもらえんぐらい忙しぅなってしもうて
説教あんまし聴かせてもろうてねぇ(;一_一)

じゃけん、お聴聞させてもろうたの
オニ久しぶりじゃった。
ぼれ嬉しかったゎいや(゜▽゜人)

で、今年は、山陰教区の華
荒本由未師。
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べっぴんじゃし、
お話も有り難いし、
男子会のおじさんら、
うはうは喜んどった^m^
わしも嬉しかった。

来年はどなたがおいでくださるんじゃろか。
楽しみじゃ❤

明後日は、世羅幼稚園のお子らぁが
寺の阿弥陀ちゃんの写生会じゃいうて
大方30人ぐらい来てくれる。
こないだはその下見じゃいうて
ぞろぞろやってきて
かわいい音楽法要をしてくれた。

写真は、また後日…
今日は、もう疲れたなり
おやすみかん(-。-)y-゜゜゜
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遥か遠い遠いその昔
お釈迦ちゃんが仰った言葉
「人生苦なり」

人は人間に生まれたその時から悩みを抱え苦しむものである。
悩みぬいた揚句どうにもならなくなり
自ら命を絶つ人
また、
如何にも何気なく過ごし何も悩みがないように見える人も
何かで苦しんでいるに違いないのである。
人は、
必ず一度は大きな悩みを抱え苦悩することにぶち当たるものである。
だからこそ
仏さまの願いの本当の意味を早く聞かねばならないと
示してくださっているのが仏法なのであろう。

如来の作願(さがん)をたづぬれば
苦悩の有情すてずして
回向(えこう)したまひて
大悲心(だいひしん)をば成就せり


親鸞聖人の正像末和讃の中に書かれてあるご和讃。

『阿弥陀ちゃんがわしら衆生を
救わずにはおかないという願いを起こされた
本当のお気持ちを
よくよくたずねてみると
悪業煩悩(あくごうぼんのう)によって苦しんでいる衆生を
救うためであった。
阿弥陀ちゃんの功徳(くどく)のすべてを
一切衆生に差し向け与えることを第一として
大悲心である名号を成就された。』

解読文でもわしにゃよう分からんが…(笑)

阿弥陀ちゃんがわしらを救わずにはおかないという願いは
「苦悩の有情」のためにある。
「苦悩の有情」とは、毎日のように悩み苦しむこのわしのこと。
ひとつ問題が解決してもまた次に別の問題が起こる。
ひとつ苦しみが去ってもまた次に別の苦しみがやってくる…
と、わしらの苦しみには限りがない。
決定的な解決の手立てを見いだせないまま
いつまでも悩み苦しみ続けているのがわしらである。

それをよくよく知っておってくださるのが阿弥陀ちゃん。
わしがその苦しみに気づく前から
「ほうかほうか」と、ともに悲しんでくださる阿弥陀ちゃん。
いのちの底からわしらのことを
知り抜いて知り尽くしてくださり
一緒に泣いてくださる阿弥陀ちゃん。

へぇでからに
そげなわしらを「摂め取って(おさめとって)見捨てない」と
願い立ち上がり誓うてくださっとる阿弥陀ちゃん。

そげな阿弥陀ちゃんのおこころに似たお話をみつけた。

あるお方がフェイスブックに書いてあった感動した文章を
ブログに載せておられた。
わしも感動したのでここに書いてみる。

ある女先生のお話じゃった。

  ******  ****** ******  ******¥

その先生が小学校五年生の担任になったとき、
クラスの生徒の中に勉強ができず、
服装もだらしない不潔な生徒がおったんじゃげな。

先生は、その生徒の通知表にはいつも悪いことを記入しとったらすぃ。

あるとき、この生徒が一年生だった頃の記録を見る機会があったんじゃげな。
そこには、

「あかるくて、友達好き、人にも親切。勉強もよくできる」
と、書かれてあった。

あきらかに間違っていると思った先生は、
気になって二年生以降の記録も調べてみたんじゃと。

二年生の記録には、
「母親が病気になったために世話をしなければならず、ときどき遅刻する」

三年生の記録には、
「母親が死亡、毎日悲しんでいる」

四年生の記録には、
「父親が悲しみのあまり、アルコール依存症になってしまった。
 暴力をふるわれているかもしれないので注意が必要」


 ………先生は反省した。今まで悪いことばかり書いてごめんねと。

そして急にこの生徒を愛おしく感じた。
悩みながら一生懸命に生きている姿が浮かんだのである。

なにかできないかと思った先生はある日の放課後、この生徒に、

「先生は夕方まで教室で仕事をするから、一緒に勉強しない?」

すると男の子は微笑んで、うなずき
その日から一緒に勉強することになったそうな。


六年生になって男の子は先生のクラスではなくなったが卒業式の時に

「先生はぼくのお母さんのような人です。ありがとうございました」
と書かれたカードをくれた。

それから卒業した後も、数年ごとに手紙をくれるようになった。
節目ごとにくれたんじゃろぅのぅ、きっと。

「先生のおかげで大学の医学部に受かって、奨学金をもらって勉強しています」

「医者になれたので、患者さんの悲しみを癒せるようにがんばります」

そして、先日先生のもとに届いた手紙は結婚式の招待状じゃった。

そこにはこう書き添えられとった。

「母の席に座ってください」

  ******  ******  ******

この話が本当の話なのかは定かではないが、
先生の生徒を思う心が
放課後一緒に勉強をみてあげるというおはたらきになり
そのおはたらきが男の子の心に届いて
たった五文字の名前で
「おかあさん」と呼ばせしめたのである。

たったの五文字であるが
その名の中には
「ごめんね」とか
「元気出して」とか
「いっつも見とるで」とか
「一緒におるで」とか
「一緒にがんばろうで」
とかいう先生の願いがいっぱい詰まったお名前なのである。

阿弥陀ちゃんはこの先生みたげに
わしらのことを慈愛に満ちたおこころで
いっつも見てくださっておるんじゃろぅのぅ^^

へぇでからに
六字のお名前、お念仏となって
このわしの口からこぼれ
「なもあみだぶつ」と
おはたらきくださっとるんじゃのぅ
うれしいのぅ

なもあみだぶつぅ❤
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先日の10月9日、
正満寺仏教婦人会の一日研修旅行で大三島・万福寺へお参りした。
研修のお目当ては万福寺本堂の外陣と内陣の結界の桜絵の襖だ。

日本画の巨匠で一人者は平山郁夫画伯であったが
亡くなられた今では、中島千波画伯と言われるらしい。
その中島画伯に桜を描かせたら右に出るものはいない、
桜と言えば中島千波と、世に謳われるほどのお方らしぃ。
無知なわしは、そんな大それた先生だと言うことも知らんかった。

その中島画伯の描かれた本堂の襖の桜の絵。
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お参りしてからに拝見させて貰うてからに・・・

圧巻じゃった=( =`д´= ;)⇒
ぼれぇ迫力じゃった=( =`д´= ;)⇒
絵のこたぁさっぱり分からんわしにも心にぐっときた!

副住職のしゅうちゃん曰く
桜の花をわざとぺったんこに描いて
色の塗り具合で遠近感を出していく。
それが中島画伯独自の手法じゃそうな。
四枚の襖いっぱいに所せましと描かれた桜が
ぼれぇでかでかとのびのびと感じる。
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でかい阿弥陀ちゃん
宮殿に階段がついとるじゃろぅ?
ぼれぇでかかったゎぃや。
お参り終わって座敷で茶をよばれ
床の間にもこげな心遣いが。
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赤い実はトケイソウの実じゃげな。
わしゃ、実家にはよぉけ植えてあったが
実は初めて見た。


午後からは大山祇神社へ
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仏婦のみんなでお参りして
えかったゎ^^

みんなで一緒に行って観させてもろたことが嬉しかった。
それに万福寺さんの精一杯の心づくしが、
みんなの気持ちに届いとって、
みんな喜んでくれとった。

来年は、どこ行こうかの?
楽しみじゃ♪
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わしん寺
浄土真宗本願寺派
備後教区
世羅組
正満寺
のブログ
「大好き阿弥陀ちゃん」
を、ここに開設することに決めた。

2年前の当初は、寺のHPを作るつもりであったが、
えっと迷うた挙句、
HPではなく、
ブログを開設することに決めた。

既存のブログがあるにも関わらず、
今更寺のブログもないだろうとか、
1つでも書けん状態なのに
2つもブログを持って、
やっていけるんじゃろうかとか
色々いろいろイロイロ迷うた。
この平成24年3月に2回目の脳出血で入院をし、
健康にも自信がのぅなって、
この先いつまで生きられるか分からんし、
生き延びるかも分からん。
じゃけぇこそ、今しかねぇとも思う。
加えて、
今年、平成24年4月30日
住職でぶにぃの地道な研究…かどうかは、分からぬが
残された資料や過去帳が少ない中、
3年間の苦労が実り、やっと「正満寺史」が、出来上がった。

でぶにぃも「わかりやすいええ本になった」と満足している。

わしも少しばかりではあるが、お手伝いさせて貰ぅた。

最初、でぶにぃが文章を書いて、それをわしがタイピングして、
それからでぶが体裁を整えて、またタイピングして…
と、いう作業を繰り返した。

それから、総代さんやら、歴史家のくらはし先生やら、
学識経験のあるお方々やらに色々見てもろぅて
それから出版社にゲラ刷りをしてもらう。。

そんな作業をしているうちに、
何をするにしてもそうなのではあるが、
一つの寺を開基するということは大変なことなんじゃぁ
で、それが続いていくということは、もっと凄いんじゃぁ
と、感動せずにはおられんかった。

正満寺の人々が
ここに住み
ここで日々を過ごし
色々なことに遭遇し
ここで泣き笑いのさまざまなドラマが繰り広げられてきて
今に至り
それをでぶにぃの文章でわしが垣間見ることができ、
正満寺の人々のさまざまな思いが伝わってきた。・・・

やっぱ、虫がおきた。
書かずにゃおれん…と、いう虫(;一_一)

寺が続いてきたようには続かんし深いものにはならんだろうが
とにかく、書くことにする。
わしなりの「正満寺史」。

カテゴリの「ものがたり」に書くことにした。

で、ついでに
行事のあれこれは「おまつり」
日々の出来事は「凡(ただ)」
感動したことやらなんかは「ありがたくてぽろり」に書く。

もひとつついでに
名前は、
何をやってもハンパでつまらん愚かなわし。
で、いっつもぶつぶつ言うとる愚痴だらけの人生のちる
と、いうことで、愚痴る=ぐちる gu-chiru
URLの「chiruja」は、
広島弁の「じゃ」と
お正信偈の中の一節にある
「邪見驕慢悪衆生(じゃけんきょうまんあくしゅじょう)」
の「邪」を統合し、
「よこしまなこころや悪いこころのわし」という意味を込めて
それにした。
わしみたげに変な名前じゃろぅ^m^イシシッ
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